急いで安全な群れの中へ

要領の悪い子もいますから

脳のシワを掘り直す

誰かに自分の、今できていないこと、間違えているところ、などを、
指摘でもないただ「言及」されただけの時に、
目の前の状況(「指摘」も「叱責」も「批判」もされていないという事実)とは関係なく、悲しみや焦りや怒りが肉体的反応として起こる。
顔が歪んだり、体が重くなったり、涙が出てきたりする。

「批判されたと感じたままに怒ったり不貞腐れたりする」をやらなくなっただけまだ偉いのだが、
「そう感じる」という部分は自分の意志でどうにかなるわけじゃない。

 

自分にどうにかできて、つまり自分が責任を持てる部分は、結果どう行動するか。

「感じ方」「脳のクセ」は、「出来事→結果」、を反復した結果刻まれている「脳のシワ」としてイメージするとわかりやすい気がする。
今刻まれているシワが間違っている、というより、過去は実際に言及は批判と同義であったり、間違いを犯すと自分の身が危ぶまれるというのも事実だったかもしれないので、あくまで「今はもうそうじゃない」という認識、を、
新しく脳に反復して経験させて、新しいシワを刻むイメージ。

「そう感じる」の部分と現実とのギャップ(あるいは、過去暮らしていた環境と、今いる環境のギャップ)を見極めて、現実に即した行動を選択できるようになる。

それを繰り返していったら、もしかしたらいずれ「そう感じる」の部分がだんだん薄くなって、無駄に怯えなくて済むようになるかも。